昨日は午前の授業を終えてから、母の家にあった古い仏壇のお焚き上げしてきました。
母が亡くなってすぐにお焚き上げしたかったのですが、グズグズしていて十三回忌となる今年までそのままだったのです。
炊きあげて頂いたのは四天王寺さんです、以前は京都の佛光寺でしたが佛光寺の坊主が本当に嫌な奴で、頭にきて檀家を辞めて、それからは全て四天王寺でお世話になっています。
四天王寺は事務的と言えばそれまでですが、何事も気持ちよくしてくれますし、何よりも佛光寺の坊主の様に嫌味も言いませんし人を見下す様な言動もしません。
我が家も昔は羽振りの良かった時代もありまして、その時代はお布施も一桁上の金額を納めてましたが、親父の事業が倒産してからはそれまでのようなお布施も出来なくなったら突然対応が粗末にされて、母もその事を深く悲しんでました。
そんな時、私も若くて当時はすぐに血が頭に上るタイプでしたので母に「佛光寺辞めて神道に帰依する!」と言ったら母は「佛光寺辞めるのはええけど、いきなり神道もな、、、。」と言うので、それからは仏事は全て四天王寺さんです。
実は四天王寺さんは宗派は何処でも良いのです、何故ならば仏教が日本に伝わって間もなく聖徳太子が建立したお寺ですので宗派が出来るずーっと前のお寺だからで、宗派を超えてお参りできるのです。
そして四天王寺は、お寺の雰囲気も奈良時代のお寺ですので、京都の寺とは趣が全く違っています。
大阪という町は奈良時代から栄えてた町であることも理解してくださいませ。
その後、ずーっと後に秀吉が街づくりしてくれて、住みやすいいい街になってます。
それに比べて、江戸(東京)は、あぜ道のままだし、アップダウンばかりだし、家康の街づくりの情熱が全く感じられません。
ってか、そこまでの余裕が無かったんでしょうね。
豊臣家を滅亡させるために江戸の街を整備する資金が惜しかったのだと思います。